メリークリスマス、皆さん。
昨日は、クリスマスのお祝いも賜り、ありがとうございました。皆様のクリスマス記事も、楽しく拝見させていただきました。

えっ、26日の今日じゃ、もう、メリークリスマスって、ちょっと遅いんじゃないか、ですって?

イエス・キリストの生誕祭は、12月24日から1月7日までです(教会によって違うんだけんども、ですね)。

Are you OK ?

しかし、クリスマスの物語は、明後日以降にちびっとご紹介させていただきたいと思います。
今回は、タイトルにもありますように、どちらかと申しますと、東洋古来の案件です。

A.
今年もクリスマスのデートはなかったのかい?
35年間、俺もないけどね~。

☆☆

さて、昨12月25日、多くはクリスマスとしてイエス・キリストの生誕を祝う、その当日、当方が向かいましたのは、早稲田にあります「穴八幡宮」神社です。


こちらが表参道ですが、この写真を撮りましたのは午後1時半すぎ。当方が着きました12時の時点では、入場規制でこちらからは入れず。

今年は、陰の気が強かったせいか、若干のアクシデントがありましたので、冬至を期に「一陽来復」(いちようらいふく)ということで、のこのこ出かけてまいりました。

クリスマスミサへの出席を今年も断念。


《穴八幡宮》
社伝によれば、1062年(康平5年)源義家が奥州からの凱旋の途中、この地に兜と太刀を納め、八幡神を祀ったという。

源氏直系の当方としては、祀らずにはおれませんね。

A.
いつから源氏の直系になったんだい!
去年まで、3回しか行ってなかったじゃないか。しかも、うち2回は古書祭りで。
隣の早稲田教会で結婚式をあげたくせに。

そりゃ~まあ、あんたんとこの田舎の龍造寺・縁起によれば、野武士の鈴木兄弟ってのが、地元の民を救った伝説の武士ってことになってるらしいけれどね。
ほんとは、どうなんだかね? 落ち武者の兜剥ぎとかじゃないの?
だいいち、先週、平将門の神田明神にお参りしたばかりじゃないの、え?

ちゃい。

穴八幡宮  新宿区西早稲田2-1-11




当方が穴八幡宮に着いたのが、お昼の12時。
人が入りきらず、正面の表参道が「入場規制」されていたため、ぐるっとまわって北参道からの入場となりました。

《穴八幡宮 続き》
1636年(寛永13年)ここに的場が造られ、この八幡宮を守護神とした。

1641年(寛永18年)宮守の庵を造るため、社僧良晶が南側の山裾を切り開いていると横穴が見つかり、中から「金銅の御神像」が現れた。掘った人は「芽出度い」と大喜びし、以来、「穴八幡宮」と称するようになった。

3代将軍徳川家光は、この話を聞いて穴八幡宮を幕府の祈願所・城北の総鎮護とした。歴代将軍がたびたび参拝し、8代将軍徳川吉宗は、1728年(享保13年)に世嗣の疱瘡平癒祈願のため、流鏑馬を奉納した。

と、ですね、徳川幕府の庇護も厚い、そういう神社なわけですね。
ズバリ、受け売りです。

境内は、まさしく人、人、人で、立錐の余地もありません。

右端の更に横からスタートしまして、規制棒で仕切られた誘導路に沿って50mを8列、いったりきたり往復します。
直進・折り返し、直進・折り返しで、やっとここまで来ました、30分。だいたい、この3倍の人数が並んでいます。

冬至の日から来春の節分の日まで、穴八幡宮は、毎日、ものすごい数の参拝者で埋めつくされます。
特に、冬至から年末にかけては、一陽来復の御守りを求めて、1日5万人以上、10万人ともいわれる人出となります。


更に、少し進みました。まだまだ先は遠いです。
境内には約千人しか入る余地がありませんが、完全に人で埋まっています。

列を進むこと1時間と少し、ようやく御守りがいただけました。

そして、参拝することができました。



《一陽来復》いちようらいふく
「一陽来復」は中国の「易経」に出てくる言葉です。

中国の昔の暦では10月はすべて陰の気で覆われ、11月になると陽の気が復活し、冬至を境に陽の気が増進してゆくとされています。
衰えていた太陽の力が再び勢いを増してくる、という感じですね。

新年が来るという意味の他に、悪いことが続いた後に幸運に向かうという意味も込められている、その言葉が「一陽来復」です。

もちろん、ズバリ、受け売りです。



早稲田の穴八幡宮では、冬至から節分までの間、この「一陽来復」の御守りがいただけます。

一陽来復の御守りは、冬至の日、大晦日、節分の日の3日に限り、その日の夜12時に、恵方に従い、家中の然るべき場所に貼らなければなりません。
そう決まっているのです。
当方は、大晦日の夜12時に貼ることになります。



この時期は、露天店などもたくさん出ています。
人があまりに多いので、ゆっくり立ち寄れないのが難点です。



ホントはあれこれ買い食いなどしたかったのですが、いかんせん、ゆっくり選べる隙間がありません。




何とか、鳴門わかめをゲット。年末年始は、わかめ三昧で。

そして、下山。
午後1時半、ようやく、正面参道から入場できるようになりました。
しかし、もちろん、その後も続々と参拝者がやってきます。


《情報をいただきました》
当方が行きました時間帯は、まだピークが過ぎていない時間でしたようで、午後4時頃にはそれほど並ばずに御札がいただけたようです。
日により時間帯により、激混みからやや込みまで変化があるようです。


穴八幡宮は、八代将軍吉宗公に始まる流鏑馬が行われることでも有名ですね。


狛犬のいっぽう。

☆☆
そのまま帰ってもよかったのですが、その後、都電にて巣鴨に移動します。




しかし、途中、早稲田大学の大隈講堂にて、トイレを拝借。
けっこう並んでいたので. . . 危ないところでした。

きょうは、クリスマスコンサート。
デートに誘おうかと思ったのですが、えっと、この女の子は待ち合わせみたいでしたので、諦めて、そのまま巣鴨へ。



地蔵通り商店街。 昨日は、ちょっと空いていました。


言わずと知れた、日本一の赤パンツ 店
先日の巣鴨特集でもコメントをいただきましたが、こんなお店はめったにないと思っています。


クリスマスの時期は、サンタさんの衣装も置いてあるようです。 

マルジさんは、隣と前にでっかい3店舗、巣鴨で最大のじじばば用品店です。
ただ、ここで赤パンツを買うのは、もう少し先、ということで、昨日はパス。


案内所のマスコット地蔵さんにご挨拶をして、巣鴨を後にしました。

《一陽来復》
お金もそうですが、健康的にも、陽の気をぐんぐん伸ばしたいものですね。

クリスマスのお話は後日ということで。
では また。

☆☆
西新井sunny-side up の近況

先日はケイバ、今日は穴八幡宮《一陽来復》と、すっかりクリスマス関連を飛ばしておりますが、一人で寂しいから、ではありません。
多くの方にご訪問、コメントを頂き、誠にありがとうございます。これから年末にかけまして、1日1分やさしい洋書や、当西新井ブログで、ちょっとだけクリスマスに触れたいと思います。

本日は、中山道巣鴨を起点にブログ巡りの旅に出まして、行く先は流れる川のごとし。一旦大海へ出まして再び戻り着きますのは5年後か2日後か。旅の友、マウスの許す限り、ポとポチと巡りたいと思います。

都内及び関東近辺の方は、《一陽来復》 穴八幡宮へ行かれて御札、御守を授かるのも宜しいかと思う次第です。 では。

※本日の一品

厚揚げで増量しますと、手軽な一品となります、肉炒め。